
41年が経ちました。
あの日から、もうそれだけの年月が過ぎたのに、
あの出来事は今でも鮮明に蘇ります。
思い出すたびに胸が締め付けられ、後悔の念が湧き上がってきます。
あの日、入院している私を見舞いに来てくれた小学校からの友人に対して、
私はとても軽率な行動を取ってしまいました。
誤った情報を信じ込み、友人に非難の言葉を投げかけてしまったのです。
その時、彼は彼女を伴っており、私の言葉がさらに彼を傷つけたことを、
今では痛感しています。
友人との関係はその後途絶え、やがて彼は私が謝ることも
できぬまま他界しました。
20年後にその知らせを受け取ったとき、私はただただ呆然としました。
あの時、冷静に話し合い、誤解を解いていれば、こんな形で彼を
失うことはなかったのだと、悔やんでも悔やみきれません。
その後、少しでも償いたいとお墓参りをしようと考えましたが、
今となっては彼の家族と連絡を取る術もありません。
時すでに遅し、後悔の念だけが残っています。
41年経った今でも、私はその出来事を忘れることができません。
あの時、もっと冷静に対応していれば、もっと丁寧に向き合っていたら、
彼との友情を失うことはなかったはずだと、今も自分を責め続けています。
あの日、私の言葉がどれだけ彼を傷つけたのかを思うと、言葉の重みを
もっとしっかり理解しておけばよかったと深く反省しています。
今では、その経験を通じて冷静さを大切にし、どんな時でも慎重に
物事に向き合わせるよう心掛けています。
しかし、それで本当に十分なのか、自分に対して問い続けています。
あの時の後悔が、私にとっては永遠に消えることのないものだからです。
もし、誰かが私のように過ちを犯しそうになったら、どうか
その人に冷静になってほしいと思います。
言葉一つで人生が大きく変わることがあることを、私は深く実感しています。